
2011年2月13日 15:06
厚生労働省の最新データによると、男性の育児休業取得率は1.72%(平成21年度調査結果)。夫婦共働きがスタンダードになった今でも、男性が育児休業を取得する例は極めて稀だ。そんな中、私たちの街、緑区に1年半という長期の育児休暇を取った男性がいる。国内の大手電気通信事業者に勤務していた鈴木信裕さん(いぶき野在住・35歳)。育児休暇の取得をキッカケに公認会計士の試験にも見事合格した鈴木さんに、1年半で見えたもの、気付いたことを語ってもらった。今回のインタビューは恵比寿の和食ダイニング「WANOBA(和の場)」をお借りして、お酒を飲みながら、進めてみました。
(聞き手=伊藤ひろたか)
まずは公認会計士試験の合格おめでとうございます。育児休暇を取りながらの試験勉強は大変だったと思いますが、今日は育児休暇を取るに至った経緯からお話を聞いていこうと思います。よろしくお願いします。
ありがとうございます。最初に断っておかないといけないのですが、僕は公認会計士の試験勉強をするために育児休暇を取った訳ではないんです。順番としては、まず、育児休暇を取ることが決まって、そして、1年半をどう過ごそうかと考える中で、「じゃぁ、資格試験の勉強でもしてみようか」、と。こういう順番。ここは意外と大切なので、最初に申し上げておきたいですね。
なるほど。育児休暇を取るキッカケは何だったんですか?
一番大きいのは妻の影響ですね。夫婦共働きなのだから、家事はきっちり平等に半分ずつ。当然、育児も半分ずつ。ですから、子どもが生まれて最初に妻が1年半の育児休暇を取った訳ですが、「1年半、育児に専念したのだから、これから1年半は仕事に専念したい」、と。そのためには、「あなたのリソースを提供して下さいね」、と。
それと小室淑恵さんの影響も大きいですね。
小室淑恵さんって、資生堂を辞めて株式会社ワークライフバランスを立ち上げた、あの小室淑恵さん。確か、彼女も会社の社長でありながら、子どもが生まれた時に、社員から「ちゃんと育児休暇を取って下さいね」って言われたんですよね。
そうそう。小室淑恵さんが「Think」という雑誌で育児についてコラムを書いていたんです。彼女が留学していた米国では、育児休暇を取っている間にEラーニングでキャリアアップして、職場に戻るのが当たり前なんだと書かれていました。「へー、そんな道があるのか。自分の会社にも、制度はあるな」、と。背中を押されました。
あとね、これは偶然なんですけど、Thinkの同じ号に勝間和代氏の記事もありまして。これからのイケてるビジネスマンは英語と簿記、そしてITだと。しかも、公認会計士は2年で取れますよって書かれていました。今になって思えば、メチャクチャなことを言っているんですけどね、その時は気付かなかった。
会社は大手電気通信事業者でしたし、大学も工学部でしたから、ITには精通しています。それで、次に英語にチャレンジしてみようと。英語からだいぶ離れていましたら、目標を設定して乗り越えられるか。これを乗り越えられれば、簿記もやれるんじゃないかなって思ったんです。当時、TOEICのスコアが500点だった。それで3カ月で700点にしようと真剣に勉強して、結果的には2カ月で730点を取ることが出来たんです。これが私にとって一つの自信になりました。同じように、計画を立てて、子育てと勉強の時間を管理しながら、公認会計士の資格に臨んでみようかなって。
今、1つの会社でずっと働くというスタイルが崩れつつあるとはいえ、まだ多くの人は同じ会社で働き続けるのが一般的です。私自身も元々はビジネスマンでしたから、感じるのですが、1年半も現場から、仕事から離れるリスクは考えなかったのですか?
それはそうですよね。公認会計士に合格する保証なんてどこにもないですし。とはいえ、育児も家事も夫婦で等しく負担という妻の考えは変わりませんから、育児休暇を取らないといけないことには変わりはなかったんです(笑)。
鈴木さんが勤めていた会社は、誰も知っている、大手の電気通信事業者。こういうと何ですけど、典型的な日本を代表する企業で、育児休暇に対する理解はあったのですか。それと社内の反応も気になります。1年半の育児休暇を取るという事に対する反応。
インパクトは大きかったですね(笑)。ネガティブな反応はなかったんですよ、それが。「面白い決断をしたね!」「頑張れよ!」、と。あと、多かった反応は「俺も育児休暇を取りたかったけど、自分は決断出来なかった。そういう決断をしてくれる人が出てきて嬉しいよ」というのもありましたね。
上司にも恵まれました。女性の上司だったんですけど、1年半の育児休暇が終わったからの復帰のことまで考えてくれて。40代の女性の部長で、やっぱり、上司の理解があるのは大きかったです。
その反応、僕が政治の世界に飛び出した時の反応にすごく似ています。ちなみに会社で育児休暇を取る男性ってどれくらいいるのですか?
えーっと、私が知る限り、殆どいませんでした(笑)。女性は普通に取りますけど、男性はまず取らない。制度があるので、1週間とか、1カ月とか育児休暇を取る人はたまにいましたけど、私の様な1年半という長期の育児休暇を取った男性の話は聞いたことがなかったですね。
厚生労働省の調査でも男性の育児休暇取得率は2%を切っていて、おそらく、鈴木さんが在籍していた会社は日本の縮図だったと思います。そこで不思議なのは、誰も育児休暇を取らないのに、鈴木さんに対してネガティブな反応が出なかったこと。これは何だろう?みんな、育児休暇を取りたいと思っているのでしょうか。もし、そうだとして。潜在的には育児休暇を取りたいと思っているのに、取れないのはなぜでしょう?育児休暇制度自体は存在するので、ここはちゃんと考えないといけないポイントかもしれません。
・・・うん、僕もまったく同じことを考えました。「なんだろう?」、と。おそらく、伊藤さんがおっしゃる通りなんだろうと思います。日本も会社も空気に支配されているんですよ。なんとなくの空気。誰も休暇を取らないんだけど、取った人にはエールを送る。自分が出来ないことを他者に投影しているのかもしれないですね。でも、決して自分は手を挙げない。ところで、伊藤さんが在籍した会社はどうだったんですか?
育児休暇を取る男性は多かったように思います。日経BP社って前身は日経新聞と米国の出版社、マグロウヒル社の合弁会社だったんです。日経マグロウヒル。僕が所属した日経エレクトロニクスという編集部はマグロウヒル社の時代から存在する、老舗雑誌だったこともあって、往時の外資の空気を色濃く残していました。それにしても、制度があるのに育児休暇を取らないのは、これは仕組みの問題ではなく、意識の問題になってきますね。
そうなんですよね。ただね、僕はもうすぐ爆発するんじゃないかって思っているのです。育児休暇を取る男性が爆発的に増えるのではないかと感じています。
ほぉ、それはどうしてですか?
これから仕事の質が変わると思うんですよ。伊藤さんも経験があると思うんですけど、会社は何となく忙しい所って、みんな思っています。だから、周りの顔色を伺って、上司が帰るまでは部下も帰れないみたいな雰囲気が、以前に比べれば少なくなってきたとはいえ、まだ残っています。
でも、こういう組織で面白い製品、面白いサービスが生み出せる訳がない。少なくとも僕たちの世代はそれに気付いています。例えば、iPhone。伊藤さんも今日、使っていますよね。伊藤さんはICレコーダーを忘れちゃったけど、twitterで「誰か助けて」とつぶやいたら、誰かがアプリを紹介してくれて。それをiPhoneにダウンロードして、今、この瞬間のインタビューにiPhoneがICレコーダーに早変わりしている。
こういう製品が日本から出てこないのは、つまらない環境で仕事をしていて、創造性も労働性も上がらない。だから、そういう環境を壊さないといけないよねって20代、30代は気付き始めているし、行動し始めていると感じています。仕事は仕事でしっかりこなして、でも、家庭も子育ても同じくらい大切にしていくと、きっと、面白いサービス、面白い製品が出てくるんだろうな、と。それに気付いた人から、日本の空気に「サヨウナラ」をしようと、こんな動きがあるのではないでしょうか。
1年半の育児休暇はどうでしたか?週末だけ子どもと接するのとは訳が違うので、色々なことを経験したと思います。
単純に面白かったですね。だって、お父さんが平日の昼間から小さい娘と街中をぶらぶらするって普通じゃないでしょ(笑)。育児休暇を取ると宣言した時の会社の反応も大きかったけど、それ以上に街中の反応はもっとインパクトがありました。
どういうことですか?
ありとあらゆるところで声を掛けられますよね。もう例外なく。歩いていれば、誰からも声が掛る。「あら、今日はいいわねぇ。お父さん、お休みなのねー」って。私も心の中で、『えぇ、あと一年半ほど、お休みです』って(笑)。
あはは。「今日、お休み」なのではなく、「今年、お休み」なんですもんね。世間もお父さんは育児休暇を取るものという意識がまだない訳ですね。
そうそう。一番衝撃的だったのは、緑区の中を娘を連れて歩いていた時のことなんですけど、急に車が停まったんですよ。僕たちの横に。わざわざ。そしたら、車の窓がぶぃーって開いて、おばさんが満面の笑みで「お譲ちゃん、いいわねぇー」。そんなに僕の存在が珍しいのかっていうくらいの反応でしたね。車が自分の傍にわざわざ停まるなんて、日常生活ではまずあり得ないですよね。
電車でもそう。平日の昼間にお父さんと娘という光景は日本では異常事態のようで、100%の確率で席を譲ってくれるんです。それも老若男女問わず、みんな譲ってくれました。
確かに席を譲ってもらう合理的な理由はないですよね。
うん、合理的な理由はない。実験してみたんです。例えば、私と妻と娘の3人で電車に乗った場合はどうか。子どもが小さいので、譲ってもらえることもあるんだけど、譲ってもらえないこともありました。妻と娘という2人の組合せでも同じ。ところが、私と娘という組合せの時は100%です。例外なく譲ってもらえました。憐憫を誘うのかもしれませんね。「今日はお母さんは?」って聞かれましたから。
男性が昼間、子育てで地域に残るという光景はまだスタンダードではないし、従来の固定観念は根強く残っているということなんでしょうね。でも、さっき言ったように、私たちの世代やそこに続く世代の意識は変わりつつある。
ここからがやっと本題なんですが(笑)、実際、子育てをやってみると大変なことも多いでしょう?鈴木さんの場合は、公認会計士の資格試験も目指した訳ですから、勉強時間をどう確保したのか。その辺のマネージメントを聞いていきたいと思います。
一番、手間取るのは寝かしつけることですよね。でもね、意外なテクニックが身に付きましたよ。ちょっと非常識かもしれないけど、車。
後編へ続く・・・・