
2010年12月10日 16:31
100ドル・パソコンという言葉、ご存知だろうか。発展途上国の子ども達に学習手段を提供することを目的に活動しているNPO「OLPC(One Laptop per Child)が開発しているパソコンのことだ。2006年に試作機が出て、もう5年が経とうしている。今、世界を見渡した時に、途上国の生活必需品や貧困をなくそうという動き、BOPビジネスを展開する企業が増えている。今回はBOPビジネスに詳しい、開発経済学者、早稲田大学教授の大門毅氏に話を聞いた。(聞き手=伊藤ひろたか)
1袋10円の、水をキレイにする錠剤をインドで販売しようと考えているそうですね。
はい。企業と協力して、インドの南の地域で水をキレイにするプロジェクトを実施しようと考えています。その企業では元々、国内向けに浄化槽やプールの水を浄化する錠剤を販売しています。それを1袋10円くらいに安く抑えて、インドで販売しようという訳です。援助という形ではなく、ビジネスの形で、インドの開発に役だっていこうという試みです。最近では、BOPビジネス(Base of the Pyramid)と呼ばれています。
BOPビジネスって何ですか?
主に、途上国の低所得階層を対象とした社会課題の解決が期待されているビジネスのことです。社会課題とは水や生活必需品(例えば、石鹸)の提供、貧困の削減などがあります。対象となる人口は全世界の人口の約7割、40億人で、年収3000ドル以下の人たちです。
具体的な例を申し上げましょう。例えば、ユニリーバは洗剤やシャンプーを少量の袋に詰めて、1袋1円~4円と安価に提供しています。合わせて、現地政府やユニセフ、NGOなどが「手洗い推進キャンペーン」を実施し、衛生意識の涵養を図っています。
1袋10円とのことですが、企業はどうやって利益を出すのでしょうか。株主への説明責任もあります。
そこは問題です。10円で売って利益は1円あれば御の字。ただ、先ほどのインドの例でいうと、対象となる市場規模は8億人います。薄く広くやって、積み上げるとそれなりの額になるというビジネスです。
ユニリーバの石鹸だって、発展途上国の人は高くて買えないし、手を洗うという衛生習慣がない地域も多い。そういう地域に1個1円~4円で石鹸を提供しています。年収3000ドル以下の層でも1個1円~4円なら手が届きます。結果的に衛生環境もよくなって、労働生産性だって上がっていきます。
今のお話を聞いていて、ふと疑問に思いました。今、日本では国も地方自治体も水ビジネスをやるんだといって海外にうって出ようとしています。果たして、日本のハイクオリティの上水技術がそれらの地域で必要とされているのでしょうか。
その点はよく考える必要がありますね。日本企業が海外に進出する際に、自動車でも何でもいいのですが、所得の高い人しか買えない製品を売るというのも1つの戦略ではあります。ただ、そういう高額の商品は大半の人は手が届かない。多くの人にとって手が届くもので、役に立つものを提供するという発想も必要だろうと思います。
水ビジネスはその典型的な事例です。インドはカーストによる階層社会ですから、ものすごいお金持ちもいれば、ものすごく貧乏な人もいて、その格差たるや日本の比ではありません。今回、水をキレイにする錠剤を売ろうと思っているのも、一日当たり2ドル~5ドルくらいの収入があるインド人を対象にしています。2ドル以下だと手が届かないし、5ドル以上だとペットボトルを買うからいいよと言わるんですね。
一日の所得が2ドル~5ドルのインド人がどれくらいいるかというと、約8億人です。水に起因する病気は非常に多いので、この錠剤で衛生環境を整えてあげたいのです。
先生の専門分野である開発経済学とBOPビジネスについて、もう少し噛み砕いて説明してもらえますか?
経済と名前が付く以上、理論もあります。ミクロ、マクロ、計量がコアになります。そこから貧困をミクロの問題で捉えたり、所得配分問題を扱ったり。あるいは、マクロの視点に立って、国と国の関係や投資や援助など金融的な側面を扱うこともあります。計量の分野でいえば、ミクロとマクロをどう正確に分析するかも重要です。
私は元々世界銀行でエコノミストをしていた経験もあって、ミクロの貧困問題を1つのフィールドワークにしています。貧困問題を扱うとなると、社会学の観点も必要になってきますし、途上国だと経済成長は政治学の観点からも検討しなければいけません。世界銀行時代は、パレスチナや東ティモールなどを担当していました。
貧困問題からBOPビジネスへとどう繋がっていくのでしょうか。
具体的な例でお話しましょう。以前、インドネシアで貧困の度合いを調査し、政策として何が出来るかを検討したことがあります。当たり前ですけど、どうしても財政の問題は避けて通れないわけです。インドネシアは日本より人口が多い国です。その人口を養っていくには、財政的に難しいのが現実です。ですから、多くの部分は民間に任せているのです。任さざるを得ない。国が面倒を見るのは、最低限の部分だけです。大半は民間の保険、あるいは政府を経由しない、コミュニティー・レベルの相互補助に依存せざるをえない状況です。
インドの水の話もそう。政府には出来ないことがあるでしょう、と。従来、開発経済学の考え方は、市場があって、それが機能しない場合、政府が間に入って面倒を見ましょうという立場でした。しかし、実際には、政府が機能しない場合があるんです。その場合、どうするのか。最終的には民間に戻るしかない。そこで出てきたのがBOPビジネスです。いわゆる、一般的な競争市場ではないし、セーフティーネットでもない。最近でいえば、ソーシャルビジネス。
今の話を聞いていますと、発展途上国では所得分配と福祉が小さくなっていくということですか。全員福祉ではなく、ナショナルミニマムを政府が担う。つまり、政府が小さくなっていくことを意味すると思うのですが、この話は発展途上国に限った話なのでしょうか、それとも日本を含めた先進国にも起きてくる話なのでしょうか。
日本も財政状況と人口構成を見れば、同じ方向に進むでしょうね。インドネシアと同じで、そうせざるを得ないでしょう。全員同じというのは理想はそうでも、もう無理でしょう。これからの政治はそのパラダイムシフトをやらないといけない、調整をしなければいけないので、大変だと思います。
それと海外から見ると、日本は超中央集権国家で、とても国で全国一律、右向け右は現実的ではありません。大変だけど、国民の意識もガラッと変わらないといけないですし、もう色々な意味で破たんしていると思います。
大門教授とのインタビューはこの後、産学連携の姿、世界で戦うための大学、高校での教育論にも及んだ。次回、2011年1月に大門教授とのインタビュー後編をお届けしたい。