
2010年7月28日 09:00
20世紀半ばに確立されたゲーム理論。ナッシュ均衡や囚人のジレンマなど聞き覚えのある方も多いだろう。近年、検索エンジンや周波数オークションなど、ゲーム理論が実際のビジネスに応用される事例が増えている。また、公立中学における学校選択や雇用のミスマッチ解消など、ビジネス以外の政策への展開も見えてきた。今回は新進気鋭の若手経済学者、ゲーム理論の第一人者である安田洋祐氏に話を聞いた。(聞き手=伊藤ひろたか)
ゲーム理論とは一言で何ですか?
与えられた好みを最大限活かすことを考えるのがゲーム理論です。公立中学における学校選択や、研修医の病院配属など、何でもいいのですが、誰かの思惑によってお互いの好み(生徒と学校、あるいは研修医と病院)がうまく反映されないことが社会では起きるわけです。これを解決しましょうよ、というのがゲーム理論。
今、好みという話が出ました。好みは数値化しにくいのではないですか?
ゲーム理論で分析することに大変な誤解があると感じています。ゲーム理論は各人の好みには何ら制約を置いていません。好みの数値化、序列化にあたっては、金銭的なもの、あるいは俗物的な動機で人が行動することが前提になっている、それがゲーム理論だと誤解されているように思います。好みは千差万別ですし、他人がとやかく言う問題ではありません。大切なことは、その人の好みに一貫性があることなんです。
もう少し分かりやすく説明してもらえませんか?
例えば、私立中学の受験を例に説明しましょう。2月1日に受験日となる有名校に開成、麻布、武蔵の御三家があります。Aさんは自由な校風に憧れているとします。ですから、麻布と武蔵なら「麻布が好き」と答えます。武蔵と開成なら「武蔵が好き」と答えます。「じゃぁ、麻布と開成、どっちが好き?」と聞いた時に、当然ですが、「麻布が好き」と答えてくれないと、好みに一貫性がないことになります。ここで「開成が好き」と言われてしまうと、ゲーム理論としてはお手上げです。
何でもいいんです。出世する人が多いからといった動機で選択してもいいですし、あるいは伝統や文化があるといった動機でもいい。何でもいい。ただし、その人の意思決定において、常に一貫性があること、好みを決定する基準が統一されていればいいんです。
そうすると、ゲーム理論が向く分野というのはハッキリしてきますね。
はい。研修医の病院配属もそうですし、公立中学における学校選択制、就職時における部署配属から、くだけたところでいえば、合コンにも向いていますね。ゲーム理論を使えば、自分の気持ちに嘘をつかずに、とにかく正直に動くのが常に最適な解が得られるように設計することは可能です。
学校選択の場合、「ここは人気だから、別の学校を第一志望にしよう」といった、人間ならではの読みというか、感情があるわけですが、それがあってもうまく運営出来るのですか?
大丈夫です。実は、ゲーム理論はもともとそういった読み合いの状況を扱うために生まれた学問分野なのですね。また、さきほども申し上げたように、ゲーム理論では好みに制約を置いていません。重要なことは、好みに一貫性があることと、どれだけ正直に好みを答えてもらうか、です。それが出来れば、かなり満足度の高い学校選択制を実現出来ますよ。
一部の自治体では公立中学において学校選択制を導入していますが、日本の場合、必ず地元の中学は選べるようになっています。そこが担保された上で、他の学校を検討できます。最低限、地元の学校が保障されていて、生徒によっては好みの学校を選べるというのは誰も損をしないシステムになっていて、実際にアンケートを取っても保護者も生徒も極めて反応がいいですね。
学者という立場から、今度、学校選択制をブラッシュアップしていく上で感じている課題はありますか?
一番はデータが出てこないこと。特に教育界は思い込みがまかり通っている世界だと感じています。教育学者も社会学者も理論的な裏付けや実証的な研究成果を持たずに、主観で議論してきます。
学校選択制を導入して成績が良くなったとか、学力のバラつきが少なくなったとか、全国学力テストをやっているわけですから、客観的なデータはあるはずなのに、そのデータが出てきません。自治体も学校も出したがらない。ある種、自分たちの理想的な教育論やイデオロギー的な「べき」論になっています。折角、学校選択制を導入して、客観的なデータもあるわけですから、結果を分析して、次はここを改善していこうといった議論をやっていくことが大切でしょうね。
そういえば、学校選択制のデザインという本を上梓されましたね。ゲーム理論を使って学校選択制について政策を提言するというスタイルは斬新です。ゲーム理論を取り巻く、近年の動きを教えて下さい。
最近の1つの大きな流れとして、ゲーム理論を政策提言に繋げていこう、ビジネスに応用していこうという動きがあります。ここ5年~10年、顕著になっています。かつてはゲーム理論といえば、既に起きたことを分析するだけでした。その分析の積み重ねで得た知見を今度は積極的に使っていこうよ、と。
ビジネスにゲーム理論を応用した具体的な事例にはどのようなものがあるのでしょうか。
一番分かりやすいのが検索エンジンにおける、検索キーワードの入札です。GoogleやYahoo!では検索キーワードの入札はオークションで、リアルタイムで行われています。このオークションもゲーム理論が応用されていて、改善が図られました。
つまり、検索キーワードの入札そのものに課題があったということ?
少なからずありました。かつては、単純に入札価格の高い人に決定していました。ここでは細かい説明を省略しますが、この方法だと、結果的には真の広告効果よりも安い価格に落ち着いてしまったのです。これではGoogleもYahoo!も検索広告で収益が上がりません。
で、実際にどう変更したのか、そこが重要なわけですが、一番高い価格を付けた人が落札者になる点は変えずに、落札価格は2番目に高い値を付けた人の入札額とすることにしたんです。例えば、「経済学」という検索キーワードに、Aさんは20円で入札、Bさんは10円で入札したとします。落札者はAさん、落札価格は10円。これを第二価格オークション(正確に言うと、検索広告のように売りに出される財=広告スペースが複数の場合には、「一般化第二価格オークション」と呼びます)といい、ゲーム理論を取り入れた結果、広告収益が上がった事例です。
GoogleやYahoo!の社内にゲーム理論を理解しているエンジニアがいたのでしょうか。それとも外部から招へいしたのでしょうか。
それは大変重要な指摘で、GoogleもYahoo!も専門の研究セクションを作っていて、ちゃんと理論家を抱えています。驚くべきことに、その理論家も、この世界では著名な学者ばかりです。
例えば、Googleの研究トップはHal Varian(ハル・ヴァリアン)教授で、UCバークレーの著名な経済学者。1990年代に経済学を学んだ人には懐かしい名前かもしれませんね。こういう人がGoogleではフルタイムで働いています。一方、ライバルのYahoo!では、Preston McAfee(プレストン・マカフィー)教授という、カリフォルニア工科大学のゲーム理論の大家を2年間、フルタイムで雇用して、徹底的に研究していました。
オークションの話が出ましたが、近年、海外では電波オークションの事例がよく報道されていましたが、これも関係があるのでしょうか。
携帯電話の周波数オークションですね。アメリカや欧州各国で行われています。イギリスでは携帯電話の第3世代の周波数帯を2001年にオークションで売りましたが、かなりに収益をあげました。国民1人当たり6万円とか7万円くらいだったでしょうか。日本で同じような規模で推計すると、第3世代の携帯電話の周波数帯だけでも10兆円近い売り上げになるはずですよ。どれだけ少なく見積もっても数兆円はいくでしょうね。
もちろん、お金を集めるのが目的ではなく、スピーディーかつ効率的に電波を配分して、かつ透明性を確保するのが目的です。電波行政が利権の温床になりやすいわけですから、オークションをやらない手はないですし、まさに政治家が本気になってやろうと思えば、今すぐにでも出来る問題ですよ。