ホーム  » 活動 » 一度きりしかない人生だから

アーカイブ

一度きりしかない人生だから

昨日が成人式だったので、一日遅れのエントリーになるけれども。「20歳だった、あの時の自分にどんな言葉を贈るかなぁ」と考えていました。


で、あまり、まとまらない・・・・。まとまらないんだけど、20歳から今までを振り返って、いくつか言えることはある。1つは挫折を知ることがとても大切だということ。もう1つは自分で考え抜いて出した決断はどんな結果になっても後悔しないということ。


人生の先輩方からしたら、「当たり前だろう」と思われるかもしれないけど、少なくとも20歳だった当時の僕は分からなかったし、それを語ってくれる大人もいなかったように思う。いや、正確には語ってくれる大人はいたけど、僕の耳に届かなかったということかもしれない。


僕の場合、最初の挫折は大学受験の失敗だった。第一希望の大学に入れなかった。受験というのは1つの結果だから、18の春に線が引かれた、昨日まで席を並べていた友人と僕の間に明確に引かれた線は、あの時の僕にとっては一つの挫折だった。浪人という選択は考えなかったので、早稲田に進学した訳だけど、かなり長い間、学歴コンプレックスを抱えていた。


なぜ、学歴コンプレックスがあったのかといえば、僕の中で評価の尺度としてそれ(学歴)しかなかったからだ。今思えば大変恥ずかしい話。まぁ、でも現実はそうだった。コンプレックスがなくなったのは、尺度ってのは色々あるってことを実感したことによる。それは社会人になってからの話。


日経BPに入社して、日経エレクトロニクスという恵まれた職場に配置されて、「君は(記者として)どう思うの?」と日々、問われる毎日。そう問われても、正直分からない。それまでの受験は基本的に答えのあるものを導く訓練だったから。「君はどう思うの?」「このニュースは何が面白かったの?」と聞いてくる上司に対して、「きっとこの人は答えを持っているんだろう」と勝手に推測して、それを読み取ろうとする記者1年目の僕。当然、ことごとくダメ出しされる。当たり前だ。上司だって答えをもっていないんだから。でも、当時の僕は分からなかった。


そんな僕にも社会人2年目に後輩が出来た。東大を卒業した、とびっきり優秀な後輩だ。僕は彼から仕事を学んだ。僕にとって大学受験よりインパクトの大きい挫折だった。恥ずかしい話だけど、これは事実だから仕方ない。彼のお陰で今の僕があると言うのは言い過ぎか。しかし、挫折と同時に僕にとっては大きな転機になった。とにもかくにも、僕は彼から仕事を学んだ。不思議なことに学歴コンプレックスがなくなったのはこの時期だ。


そして、もう1つ。決断の話。みんなはどれくらい、自分で決断してきただろう?そして、それは自分で考え抜いた決断だっただろうか?これから社会人になっていく時に、どこまで自分で決断できるか、1つの目安になるかもしれない。


僕が政治の世界に飛び込んだ経緯はもうだいぶ前のブログに書いた(参照:2008年2月16日付 選挙に出るまでの経緯)。詳しくはブログを見て欲しいけど、今でも4年前の投開票日のことはハッキリと覚えている。投票日はとても暖かく、満開の桜が咲き誇っていた。直前のマスコミ調査では僕は6位。定数は4の選挙区だから、まぁ、当選しない。けど、とても清々しかったのを覚えている。自分で考え抜いて決断して行動して、やりきったという思いが満ちていた。だから、結果は本当にどうでもよかった。フタを開けたら奇跡的に当選させてもらったので、今の僕がある。


なんだかとりとめのない話になってきた。僕たちは今、不透明な時代を生きている。でも、きっと時代はいつでも不透明だ。僕が高校を卒業した頃はサリン事件があったり、阪神淡路大震災があったり、銀行など金融機関もバタバタ潰れた。けど、そんな中、ジョーホールバルの奇跡があって、サッカー日本代表がフランスW杯に出場が決まるなど、スポーツでは明るい話題があったのも、何となく今と似ている。時代の閉塞感という意味では今と変わらない気がする。


そんな時代だからこそ、大人の仲間入りをした人たちは誰かに言われた人生じゃなくて、自分で考えた人生を歩んで欲しいと思う。誰かの責任にするのではなく、自分の責任で自分の人生を歩む。きっと、そういう人たちが次の時代を切り開く。今は新しい仕組みを作る時代だ。ないものを作るから、生みの苦しみが伴う。けど、それでいい。後にはきっと道が続くから。


一度きりしかない人生だ。自分で決断して、自分で切り開こう。きっと、後悔ない人生を送れると僕は思う。僕はそういう生き方をこれからもしたい。


横浜にまさるあらめや!