2009年3月24日 01:07
「子どもを育てるのはお金がかかる・・・」。こんなにも寂しい言葉が堂々と語られるようになったのは、いつからでしょうか?子供が成人するまでに公立教育を全うすれば、いくらで、私立に進学するともっとお金がかかる。テレビや雑誌などで必ず見かける議論です。
私は前々からこの論調には非常に疑問を感じていました。世の中にはお金で買えない価値があるはずです。昔、小学校の先生がこんな話をしてくれたことを昨日のことのように思い出します。「みんなはね、恵まれた時代に生きているんだよ。先生が子どもの頃は日本全体が貧しくてね、一匹の魚を家族で食べる時もあった。『お父さんはお腹がいっぱいだから、あなたたちが食べなさい』って、今考えれば、下手なウソをついてくれてね」。
定年を間近に控えた女性の先生でした。この後にも言葉が続きましたが、それはさすがに私も覚えていません。先生の話にはもしかしたら脚色があったのかもしれませんが、しかし、あの時、先生が10歳の小学生に教えようとしたことは家族の絆の大切さだったのだと思います。そこには子育てをコストとして捉える姿勢は微塵も感じませんでした。
とはいえ、既に子育てをコストに置き換えた論調が目につくようになった久しくなりました。恐らく、多くの人の頭に刷り込まれてしまっています。実際、「子どもを産むとお金がかかるから、お金がたまるまで作らない」ということを主張する人もいます。
政治は現実を解決していく仕事です。今、私たちにできることは何でしょうか?コストという観点から子育てを捉えるならば、教育費であることは明らかです。いかに教育費を抑えるか。簡単なことです。公教育を復活させることです。横浜市の公教育を受ければ、本人の望む大学に進学できるだけの学力がつく。塾に頼らなくとも、学校の勉強と本人の努力で学力が身につく。そういう状態を作っていく必要があります。
ここはもう少し緻密な議論が必要なので、稿を別にしたいと思います。ただ、私としては上記の問題意識を持っています。とにかく公教育の復活を果たしていかなければいけません。
そして、マスコミ。非常に重要な存在で、もう少し頭を使った報道をして欲しいと常々感じています。視聴者に、読者に、均質なリアリティを提供できていないのです。どういうことか。子供1人を育てるのに、いくらという報道はあっても、子供が1人いると例えば老後のリスクがこれだけ減るといった報道はついぞ見かけたことがありません。既に現時点でも老老介護の問題点が指摘されている中で、もし、子供がいなかったらどうなるのでしょうか。子育てをあまりに近視眼的に捉えているのではないでしょうか。
子育てをコストに置き換えて議論するのは本来、私の思いとは反しています。しかし、コストを持ち出すことによって議論が進展し、いい方向に変わっていくのであれば、方便として使うのも仕方ないかもしれません。いずれにしても、「子育ては(お金がかかって)大変だ」という今の状態を脱していかなければいけません。
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